第3回 「長いスパンで人間関係を」

 親子で通うトモエ幼稚園。「幼稚園」というよりトモエは「生活の場」なので、一日の中で多くの時間を、たくさんの子どもや大人たちが関係し合って過ごしています。また、「幼稚園」と言えば普通、子どもはだいたい3年間の在園期間ですが、トモエはその様相がちょっと違います。例えば子ども自身が「下の子」だったりすると、赤ちゃんの頃からトモエに通っていることになります。また、卒園後も、本人も含めて家族同士の関係が長く続くことも少なくありません。親友家族をつくって、その後の人生を楽しむ家族もいます。

 

今回は、トモエがそんなふうに、長い時間をかけて子どもが育ち合い、親たちが関係し合っていける場所であることをお伝えできたらと思います。十数年前にさかのぼって、私自身(現スタッフ、元在園母です)の体験談となります。

 

 もう15年も前のことになります。その日、次男とTくんがとっくみ合いのケンカをしたようでした。(というのも、その様子を私は見ていなくて、これはトモエではアルアルです。誰か大人が見ていてくれて、その様子を後で教えてくれるから)次男はその場はワーッと泣いて、「もう、Tとは、あしょばない!」と言っていました。さて、お昼になり、そそくさとTくんのとなりに座った次男。

 

次男   「さっき、ごめんね。」

Tくん  「オラ、じぶんでじぶんたたく。」

 

と言ってTくんは、発砲スチロールの棒で、ニコニコしながら自分の頭を軽くポンポンしているではありませんか。自らあやまる気持ちを持ち、それを行動にうつした次男。とってもすてきな、自分らしいあやまり方をしたT くん。まぶしかった。若干3歳、されどもお互い「ふたりめ」につき、生後一ヶ月からトモエに通うふたり。自分を素直に表現できる心の広さを、もうすでに身に付けているようでした。私はこの時、「3歳までの生活環境」がいかに大切なのかを、肌で学んだ気がしました。

 

 このシーンは、今も目を閉じるとまぶたの裏に鮮明に浮かんできます。もう15年も前の出来事ですが、ずっと大好きな私の宝物です。子どもの器の大きさみたいなものに、全身飲み込まれた、くらいな衝撃でしたから。

 

 その後もふたりは、男の子集団で群れて遊びながら毎日を過ごしていました。そんなある日、次男とその友だちたち(Tくん含)が、うちに遊びに来ることで私に直談判。でもその日私は疲れきっていて、そう言われてもなあ…頭の中がグルグルしてきて、聞こえないフリをしてみて、そのうち涙が出てきたので、三男におっぱいをあげながら、その場でつっぷしてしまいました。どれだけ時間が経ったのでしょう。目が覚めると園長がいて、「次男たちは?」と私がたずねると、「Tのお母さんが沢にみんなを連れていってくれたよ。」と。私のつらそうな様子を見て、Tくんのお母さんはみんなに話してきかせてくれたようでした。私は、ダメダメな自分をさらけ出してしまって恥ずかしかったけれど、Tくんのお母さんが差し出してくれた温かい手に肩の力がフッと抜けて、心の中も温かくなりました。

 

やがてふたりはトモエを卒園しました。一年生になったばかりの次男は、環境の変化に強いストレスを感じていたらしく、そんな時、放課後にトモエに来て、それを爆発させてしまった日があり、次男とTくんが大ゲンカになりました。その様子を見ていて私は、次男は今ストレスがかかっていて、いろいろな感情を抑えきれなかったのかな…それをTくんが受けてくれているんだ、申し訳ないな…と、自分の不甲斐なさを責めていました。結局ワーッと泣いて、お互いの母の元へ。そこでTくんのお母さんが言いました。

 

「こんなに思いっきりTを抱っこできたの久しぶり(小学生になっていたから)、うれしいわ。」

 

目からウロコでした。ケンカしてつらそうな我が子を見て、母として気持ちが高ぶっていると思っていたのに。でもそんな浅はかな私の想像とはウラハラに、Tくんのお母さんは全身で我が子を受けとめ、さらにそれを素敵な体験へと成就させていたのでした。いやきっと、彼女にとっては、ただそうしたいと思ったから素直にそうしただけのことだったのかもしれません。でも私はTくんのお母さんを見て、どんな状況にあっても、ものごとを「自分の中の問題として主体的に捉える」ってこういうことなのだ、とその時、心で学びました。

 

 時は過ぎ、ふたりは中学生になり、同じ部活の先輩と後輩になりました。おもしろいことに、次男はTくんをちゃんと「さん付け」で呼ぶし(あたりまえだけど)、Tくんも次男に対して先輩として鋭いアドバイスをしてくれるのでした。ケジメはしっかりついているけど、他のメンバーの上下関係より形式ばっていない感じ。本人たちは別に意識していないと思うけど、なんかかえって人間っぽくてイイ感じでした。そして先輩であるTくんは、次男より先に部活を引退しました。すごくがんばっていたししっかりしてるから、私は(次男を頼むよ)と、心の中で勝手にTくんを頼りにし続けていました。そしてTくんの引退後、部活の帰りに暗い中、ひとりで帰ってくる次男の姿を見て、(これからはひとりでがんばれよ~)と、これまた心の中で、勝手に声援を送る私だったのでした。

 

 長いスパンで子どもたちの足跡や成長を見せてもらえるトモエ。そんな子どもの姿を通して、親同士も生の人間関係を結ぶことができて、それは「ママ友」にとどまらない関係なのです。本当に、トモエは昔ながらの大家族のよう。群れて生活し、「いっしょに生きたあの頃」が、親子のその先の人生をいつでも応援していてくれる、そんなふうにも思えます。

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