新しい年が明けました。トモエ幼稚園は今年で設立40年となります。他では類を見ない「親子で通う幼稚園」としての40年間の歩みに、あらためて敬意を表します。これからもその歩みを止めることなく進んでいくことを願ってやみません。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
40年前から続く、仕切りのないオープンなスペースの園舎。ここでずっと、家族の歩みが紡がれています。子どもから学び、たくさんの人たちと共に関わり合って、子育て期を過ごしてきました。基本単位は「親子」なので、初めは、気の合う家族とか、たまたま出会った家族とか、家族同士で近しくなっていきます。そんな中で、子どもたちは少しずつトモエでの世界を広げていきます。子どもにとってのその工程たるや、探検とも言えるでしょう。時に荒波への航海かもしれません。しかし、子どもの後ろにはいつも、「親」という安全基地が控えていてくれるので、子どもたちは進退を繰り返しつつ、安心して進んでいけるのだと思います。
トモエでは、「隣の席の子や同じグループの子と仲良くする」という、安心な前売りチケットは用意されていません。自分で好きな人を見つけること。日々、当日券のきっぷを切るのは自分です。これはなかなか大変なことでもあると思います。なぜなら、自分で感じて考えて行動しなければならないからです。まさに自由と責任は表裏一体。ゼロからのニュートラルな立ち位置から、自分の感覚でもって、人と関わっていくことになります。ただし関わる相手は多種多様で、子どもだけでなく、大人だったり、赤ちゃんだったり…そうやっていろいろな人と関わることで、だんだんと感性が磨かれていくのだと思います。
「いろいろな人」の中には、いわゆる「障がいのある」人も含まれます。(かく言う筆者にもダウン症の娘がいて、かの昔、園児としていっしょに通っていました)しかしトモエでは、「特別に配慮が必要な人」という分類は存在しません。世間的に言われる「障がい」も、トモエでは個性のひとつとして捉えられていると言えます。これについて、子どもたちそれぞれがどう感じてどう接していくのか、それはその子どもの感性に委ねられていると私は思っています。とは言え当事者ゆえに長年の体験から、私はこのことが正直なかなか難しくて繊細な問題であることも認識しています。しかし過日、そんな私の杞憂を吹き飛ばしてくれるような出来事がありました。
初冬の暖かい午後、体育館に集まり、みんなで「風船運びゲーム」をしていた時のことです。ふくらませた風船を持って、落とさないように走って障害物を回り、戻ってきて次の人にタッチする、というリレー式のゲームでした。ダウン症のYちゃんは、走るのも早くて、はりきって参加していました。仲良しのHくんが、Yちゃんからのタッチを受けて走り、ふたりとも楽しんでいました。
でもその後にゲームのやり方が少し変わって、今度は二人一組になって、お互いの体の間に風船をはさんで運ぶことになりました。Yちゃんは、やり方が変わったことに気づかなかったのか、またはやり方を変えてほしくなかったのか(たぶん後者)、風船をガッチリ抱えたままで少しむくれていました。きっとまだこのまま続けたかったのでしょう。対してHくんはと言うと、Yちゃんといっしょにやりたい!風船をちょうだい!(いっしょに持とう!)と主張していました。でもその気持ちはYちゃんには届かず、Yちゃんは風船を抱え込んでしまいました。とうとうHくんは大声で泣き出してしまいました。
一見アルアルな光景ですが、この様子について、後でYちゃんのお母さんが語ってくれました。
「Hくんは心から、本当に、Yといっしょにやりたいって思ってくれてたんだって驚きました。」Yちゃんのお母さんは目を細めて喜んでいました。
私は、Yちゃんのお母さんの気持ちが手に取るようにわかりました。
トモエの日常において、「Yちゃんはダウン症」という刷り込みが存在していません。あらためて言う必要がないからです。在るのは、「Yちゃん」という個性。そしてHくんは、自分の感性によってYちゃんを選び、Yちゃんと日々遊んでいて、だからいっしょに風船も運びたかったのでしょうね。ふたりとも怒って泣いてケンカになっていたけれど、とっても素敵な光景でした。「Yちゃん」という存在が居てくれることと、Hくんの柔らかな感性に学ばせてもらいました。感謝です。
ノーマライゼーション、バリアフリー、ダイバーシティ、インクルーシブ…時代の流れと共に平等や公正が叫ばれ、そのおかげで、たくさんの人が過ごしやすくなってきています。しかしトモエでは、きっと40年前からすでにその土壌があって、根づいているのだと思いました。「多種多様な人間が集い、自分で感じ考えて行動する」トモエという場所は、もしかしたら古(いにしえ)より最先端なのかもしれないと思う今日この頃です。
