誰が一番好き?

誰が一番好き?

米澤正人

10年前に私が実際に体験した忘れられない、当時6歳の女の子リエちゃん(仮名)とのやりとりを綴ります。

私は、長年の子どもたちとの付き合いで、何度も彼らから人間の純粋さや本質をとらえる感性について学んできました。しかし実際、私の中にはどうしても彼らを侮っている部分があること、それを払しょくできない部分があることを感じてもいました。そんな私に対して、6歳のリエちゃんは「人間のあるべき姿」を突き付けてきたのです。私はあの瞬間、大いに心を揺さぶられました。子どもの感性の深さに、ただただ圧倒されたのでした。

リエちゃんは年少組からトモエに通っていました。友だちと一緒にままごとをしては店員役でもお客役でも真に迫る演技はお手の物、男性スタッフともエネルギー全開で闘ったりもします。みんなと一緒に歌ったり踊ったりするのも大好きでした。

その日リエちゃんは、用事のあるお母さんに車で送られて早めに登園してきました。私はクレヨン棚を整理していたのですが、近くに来た彼女と一緒におしゃべりを楽しみながら作業をしていました。すると、彼女は急にこんなことを言ったのです。

 『ねぇ、まさと。誰が一番好き?』

そう、トモエでは子どもとスタッフは、互いにファーストネームやニックネームで呼び合っています。脈絡もなく発せられたその突然の問いに、正直私は面食らいました。思わず“大人としてどう答えるべきか”と考えてしまい、少しの間があいて急いでこう答えたのです。

 「ん~、奥さんかなぁ~?」

その答え方は、迷いのある表現だと自分でもわかるものでした。いや、奥さんが一番好きだとハッキリと答えてもよかったのでしたが、彼女の表情に何か迫るものを感じて圧倒されている私がいたのです。彼女は煮え切れなさを私に感じたのか、さらに質問を重ねてきました。

 『じゃぁ、2番目に好きなのは誰?』

私はだんだんと追い込まれているような気持ちになりながらこう答えました。

 「自分の子どもかなぁ~、トモエの園長やスタッフ、来ている家族も好きだしなぁ~」

リエちゃんは唇を真一文字に結んで私の方を見ていました。彼女の瞳は、私の心の中をいちずに見つめています。私は彼女の求めに応えたいと思いながらも、その難しさに、正直に答えました。

 「実際、1番とか2番とかは決められないなぁ」

少し離れたところにいた彼女は、私の目に視線を集中させながらゆっくりと近づいてきました。彼女がこのように近づいてくるときは、たいてい鋭い突っ込みを入れてくる時です。案の定、彼女はこう聞いてきたのです。

 『あのさぁ、家族もトモエの人もぜ~んぶ入れて考えていいからさ、誰が一番好きなの?』

“彼女は子どもとして私の前にいるのではない。一人の人間として全身全霊で私に向かってきている”

私には、その質問から逃げることやいい加減な答えでごまかすようなことをすれば、これからずっと自分の人間性に「不誠実な」という形容詞をつけなければならないという感覚にとらわれていました。

 「そうだなぁ~、ん~難しいなぁ~」と考えていると、彼女はさらに近づいてきてキッパリとこう言ったのです。

 『私はさぁ~、自分が一番好き!!』

その瞬間、私は息をのみました。彼女の表情は厳かです。私の顔をしっかり見つめています。しかしその瞳は、私を通り越してもっと遠くを見つめているようでもありました。

 「そっかぁ、自分が一番好きなんだぁ。そう言われてみると、正人も自分が一番好きかもしれないなぁ~」

かろうじて、私はそう答えました。正直、彼女の言葉は重く私に覆いかぶさっていました。そのように言ったものの、はたして自分は自分自身に対してそのように言い切れるのだろうか。そんなことが頭をよぎりました。同時に私は、彼女が自分のことをこよなく好きでいられていることがとても嬉しく感じました。

リエちゃんと私は互いに率直な物言いをする関係でした。一緒にままごとをしていて私がふざけすぎると、彼女は怒った口ぶりで『こんなところでふざけないでよ!』言ってくるし、闘いごっこで泣かしてしまった時も『なんで遊びなのに、そんなに思いっきり投げ飛ばすの?!』「ごめんごめん。でも、闘いごっこだもん、しかたないでしょ!」『もう、まさととは一生遊ばない!』と言い合ったりもしました。彼女は、どんなに怒っても、次の日にはまた私と一緒に遊んでくれました。そのたびに、彼女を通して、子どもの中にある寛容さを教えられてもきた私です。

“そうだ、そういえば彼女は子どもだった”そんなことが一瞬頭をよぎって、思わず私の口から小さな声が漏れました。

「子どもって、そんな風に考えるものなんだ?!」

すぐそばにいた彼女には聞こえていたようで、彼女はすぐにこう言い返してきました。

 『まさと、子どもとか大人とか関係ないでしょ。自分のことが一番好きじゃないとダメなんだよ!』

その言葉に、私はもう完全に打ちのめされてしまいました。こうなったら、本当に子どもとか大人とか関係ない。私は彼女のように素直に質問してみました。

 「何で自分のことが一番好きじゃないとダメなの?」

すると彼女はこう言ったのです。

『私はね、自分のことが一番好きだからいろんな人を好きになれるの!』

その瞬間、全身に電流が走りました。これまでに多くの専門家たちが、子どものころに培われた自分が好きであるという感覚や自己肯定感は、その後の他者との関係を良好に築いていくことや社会適応へと導いていくことを述べています。それを6歳の彼女は、もうつかんでいたのでした。50歳をとうに超えている私の心は震えていました。心の奥底からこみあげてくるものを抑えるために冷静になろうとしている私がいました。

 「なるほどねぇ。自分のことが嫌いだと他の人のことを好きになれないということか・・・」

 『じゃない?』

 「いろんな人が好きな方が、やっぱいいよね!」

 『うん、嬉しい気がする』

そんなやり取りをしていて、ふと先に彼女が私に突き付けた質問をしたくなりました。

 「ところで、2番目に好きな人は誰なの?」

 『ママ。ママのことメッチャ好き!』

それまで真剣な顔つきだった彼女は、この時は世界中の誰からも愛されるであろう笑顔で答えたのでした。私は、とても幸せな気持ちにさせられました。

それで十分だったのに、おせっかいな私は次の質問をしました。

 「それは、自分のことがメッチャ好きだからママのこともメッチャ好きっていうことだよね」

 『たぶんね、でもよくわからない!』

彼女は茶目っ気たっぷりの笑顔で答えました。いつの間にか、私の心は軽くなっていました。

 「ママに抱っこされているのを見た時なんか、“あぁ、ママのことメッチャ好きなんだなぁ”って思ってたよ。ママのことメッチャ好きって、最高だよね!」

 『うん!!』

そう言って彼女は、室内トランポリンのほうへ走って行きました。ビヨン、ビヨン、ビヨン・・・、誰もいない室内にいつもより軽やかに響き渡る音。その音を聞きながら、私は何も考えられずにいました。それでもこのやり取りのすべてが私の感覚にしっかりと刻まれたことだけは確かでした。しばらくボーっとしながらも、そこには心地よい余韻に深く浸っている私がいました。

園内便り「トモエ便りNo.7」(2025年6月30日発行)を一部改編